【連載第一弾】ここがおかしいぞ、日本のSaaSベンダー

本年7月1日より、2年ほど続けている独立コンサル始めて投稿します。マイナビニュース Tech+では長年、連載を受け持っていますが、こちらにもマーケティグ&セールス戦略や組織論を中心にした話題を、投稿します。
本年7月1日より、2年ほど続けている独立コンサルタント業に加え、顧問の仕事とAIベンダーでのフルタイム勤務を開始しました。我ながら「そこまでやるか」とも思いましたが、ご縁を大切にしたいという思いからお引き受けすることにしました。60歳なんですが、体力の続く限りがんばります。フルタイムの仕事は、マイクソフト社が14年と一番長く、かれこれ、なんとこれで12社目になります。
最近は国内のSaaSベンダーとお仕事をさせていただく機会が多く、長年の経験を持つグローバル企業との比較で、「あれ?何かおかしいぞ」と感じることが多々あります。今はその気づきを基に、外部で講演活動も行っています(笑)。今回は、その講演ネタを少しご紹介し、「ここがおかしいぞ、日本のSaaSベンダー」と、ズバリ指摘してみたいと思います。
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この記事の監修者

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AI inside株式会社 執行役員 CPO、マイクロソフト株式会社 業務執行役員、シスコシステムズ合同会社 マーケティング本部長など、外資系企業を中心にキャリアを積み、独立後はIT/SaaS/AI企業におけるGTM戦略の立案、マーケティング・セールスプロセスの構築、およびパイプライン作成を主に支援。
Great Place To Workのプロジェクトをリードするなど、企業文化の構築にも関与し、現在はマイナビニュース Tech+にてスキル・キャリアに関する連載を執筆中。
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国内SaaSベンダーのARRと、その「ケタ違い」の現実
国内で上場しているSaaSベンダーのARR(年間定期収益:Annual Recurring Revenue)に関するデータは、こちらのサイト(【2025年8月更新】上場SaaS KPI公表の全て|Next SaaS Media Primary | 運営 早船 明夫 )で定期的に更新されています。
ARRは、企業がサブスクリプション型のサービスから1年間に安定して得られる収益を示す重要な指標です。一時的な売上ではなく、継続的に発生する収益に焦点を当てる点で、サブスクリプション型ビジネスを行う企業にとっては不可欠な指標と言えるでしょう。
同様に、MRR(月間定期収益:Monthly Recurring Revenue)を使う場合もありますが、MRRの12か月分がARRになるため、ほぼ同じ意味合いの指標と考えて差し支えありません。
8月時点の国内SaaSベンダーARRトップ10は以下の通りです。これらの数字をどう見るか。確かに各社ともよく成長しています。しかし、そもそも収益規模がまだ小さいのが現状です。なお、サクスクリブション型のビジネスでは、YoY(前年比)成長率が10%以下の企業は厳しい状況にあると言えるでしょう。既存顧客の売り上げの上に新規顧客の売り上げがあり、最低20%成長を達成しないと順調とは評価されないからです。
- ラクス: 456億円(YoY +27%)
- Sansan: 416億円(YoY +25%)
- Appier Group: 389億円(YoY +28%)
- マネーフォワード: 344億円(YoY +28%)
- サイボーズ: 344億円(YoY +30%)
- フリー: 344億円(YoY +32%)
- インフォマート: 182億円(YoY +22%)
- プラスアルファ・コンサルティング: 142億円(YoY +22%)
- エス・エム・エス: 129億円(YoY +14%)
- セーフィ: 129億円(YoY +26%)
注)YoY: Year Over Yearで対前年比での成長率
一方で、外資企業の日本市場における決算情報は、かなり衝撃的です。公示された決算情報を検索できる外資企業がいくつかありますが、世界を代表する企業の日本法人の売上はまさにケタ違いです。
- 日本マイクロソフト: 1兆1,973億円
- 日本オラクル: 2,445億円
- セールスフォース: 2,346億円
- SAPジャパン: 1,650億円
日本マイクロソフトの日本市場だけの売上は、なんと1兆円を超えています。私が在籍していた頃は、この1/4程度だったと記憶していますが、驚くべき規模です。1兆円というのは、キーエンス社や日本航空の規模です。国内SaaSベンダーの売上を全て足し合わせても、まだ日本マイクロソフトの売上の方が大きいかもしれません。
このことから、日本のソフトウェア市場においては、外資系企業の製品やビジネスが主流だと言えるでしょう。良いか悪いかは別として、日本人がそれに慣れているという現実があります。しかも、以前ハードウェアのワープロがパソコン+Microsoft Officeに駆逐されたように、黒船は色々と破壊をする可能性が高いのです。RPA、AI-OCRあたりは、破壊され始めています。
私の見解ですが、多くの国内のSaaSベンダーは、どこか「ガラパゴス化」しており、こうした巨大なベンダーをあまり直視していないように思えます。まるで横並びで、他の国内SaaSベンダーを見ながらビジネスをしているような印象を受けてしまうのです。その原因は、生い立ちでしょうか。書籍「楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考」にて、以下の記載があります。
日本のスタートアップの数は増えた。IPOをするスタートアップの少なくない。しかし、日本に独自なエコシステムはコンシューマー向けや企業向けSaaSといった『カジュアル×ローカル』なサービスに最適化されている
楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考
欧米などは「グローバル×シリアス」ですが、日本は圧倒的にローカルなのです。ローカルなのは、ある意味しかたないです。
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おかしいぞと感じる4つのポイント
具体的に日本のSaaSベンダーで、「おかしい」と感じる点をいくつか例を挙げてみます。
Webサイトのデザイン
まずはWebサイトです。世界のB2B企業では、極限までシンプルでありながら、最大限の情報を伝えるようなWebサイトの構成が主流です。例えばCisco SystemsのWebサイトを見れば、そのシンプルさに「わびさび」の美しさすら感じます。これは、操作性やSEO対策などのベストプラクティスが集約され、進化を遂げた結果なのです。Less is Moreという言葉が思い浮かびます。
しかし、国内のSaaSベンダーのWebサイトは、これとはかけ離れて、どこかポップでゴテゴテした印象を受けることが多いです。中にはApple社のようなWebサイトを目指しているかのような企業もありますが、あのような動画を多用したデザインが許されるのは、唯一無二のブランド力を持つApple社だからこそです。
一般的にはSEOで不利になり、最後まで見られることも少ないでしょう。これは、世界的なベストプラクティスを研究せず、国内の競合他社を横目で見るに留まっているからだと想像します。このようなデザインは、エンタープライズ市場ではなかなか受け入れられにくいのが現状です。
「The Model」への盲信
私はGo To Market戦略や購買プロセスの構築に関するコンサルティングを行っています。その説明を聞いた多くの方が「The Modelですね」とおっしゃいます。しかし、私には非常に違和感があります。なぜなら、私自身は「The Model」を参考にしているわけではないからです。
「The Model」は、著者の福田康隆氏がSalesforceでの経験を基に執筆し、日本で命名された営業オペレーションのモデルです。日本では10万部以上を売り上げているようで、その影響力は計り知れません。しかし、世界に目を向けると、「The Model」という言葉は存在しませんし、各社が同じようなコンセプトを共有しつつも、それぞれ独自のモデルを構築しています。多くの国内SaaS企業が「The Model」を模倣しようとしている現状では、組織的に差別化を図ることは難しいでしょう。

「Value Proposition Campus」の限界
同様に、価値提供(Value Proposition)を考える際に、国内ではValue Proposition Canvas(VPC)が多用されています。これも、ある書籍『ビジネスフレームワーク図鑑』が紹介しているため、多くのプロダクトマネージャーが飛びついているようです。この書籍も15万部を売り上げているとのことです。
しかし、私がこれまでにたくさんのグローバル企業で働いてきましたが、過去にVPCを見たことは一度もありません。VPCの大きな欠点は、競合他社との差別化を明確に表現できていない点にあります。グローバル企業は、自社の他社との違いを鮮明にすることで、競争優位性を確立しようとします。
ベストセラーになった書籍を参考にすることは重要ですが、それ以上に世界的な視点を取り入れ、深く研究する必要があるということです。現在の国内SaaSベンダーは、世界を見る「レンズ」が狭すぎると言わざるを得ません。
リード獲得手法の課題
最後に、リード(見込み顧客)の作成方法についてです。展示会、共催セミナー、自社イベント、デジタル広告は、世界的に共通のリード獲得手法です。しかし、日本で特に発達しているのが、製品比較サイトや資料請求を受け付けるサイトやセミナーを手掛ける会社での共催セミナーです。
これらのサイトから手軽にリードが獲得できるため、国内のSaaSベンダーのマーケティング部門は飛びついています。しかし、そこから得られるリードの案件は中小企業が多く、案件規模がかなり小さい傾向にあります。リード数にこだわることは良いことですが、その質については、かなりの疑問符が付きます。
また、ABM(Account Based Marketing)として外部ベンダーによるコールドコールを多用するのも、日本独自の手法だと感じます。もっと頭を使って戦略を練る必要があるのではないでしょうか。
国内企業だけを横並びでみたり、ベストセラー書籍に頼ったりするだけでなく、世界的な視点を取り入れ、深く研究する必要があります。せっかくのビジネス、視点を世界基準にしましょう。そうでないと、グローバルベンダーやスマートは国内の競合に淘汰されていきますよ。
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AI inside株式会社 執行役員 CPO、マイクロソフト株式会社 業務執行役員、シスコシステムズ合同会社 マーケティング本部長など、外資系企業を中心にキャリアを積み、独立後はIT/SaaS/AI企業におけるGTM戦略の立案、マーケティング・セールスプロセスの構築、およびパイプライン作成を主に支援。
Great Place To Workのプロジェクトをリードするなど、企業文化の構築にも関与し、現在はマイナビニュース Tech+にてスキル・キャリアに関する連載を執筆中。
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